AIが英語の学び方を変える―そんな未来を現実にしつつあるのが、株式会社Nuginyが提供する英語学習サポートツール「Wernicke(ウェルニッケ)」と「TGF-Scholar」です。
共同開発者であるジョシュクン セリム氏は、トルコの医学部を卒業後、AIの可能性を信じ、英語教育の課題解決に挑んでいます。
AIによって言語の壁が取り払われつつある今だからこそ、英語を学ぶことの本質と、AI時代の英語学習方法について伺いました。
ジョシュクン セリム(Selim Coskun)氏
株式会社Nuginy 創業者 兼CVO (Chief Visionary Officer)。
トルコ、日本、タイ、インドネシアで育ち、ハジェテペ大学医学部を卒業。
AI技術を活用した教育サービスを展開するスタートアップ企業を創業している。
1. AI時代の新しい英語採点方法――WernickeとTGF-Scholar
―まず、株式会社Nuginyが展開するサービスについて教えてください。
ジョシュクン氏:
現在、弊社は2つのサービスを提供しています。一つ目が『Wernicke』で、TOEFLやIELTSのライティング・スピーキングを採点するAIツールです。
二つ目が『TGF-Scholar』という、国内の大学入試で必要な英語の志望動機書をAIで採点するツールです。
『Wernicke』は、TOEFLやIELTSの公式基準をしっかり学習したAIを搭載しており、スコアを出すだけでなく、具体的な改善点を学習者にフィードバックします。
一方、『TGF-Scholar』は、大学入試で志望動機書の添削が必要な生徒向けに、その大学の採点基準に則った採点を実現するツールです。
Wernickeのサービスページはこちら:https://nuginy.com/textgrader-wernicke/
2. サービス誕生のきっかけ――マーケットインではなくプロダクトアウト型
―『Wernicke』を開発しようと思ったきっかけは?
ジョシュクン氏:
もともと弊社は英語のオンラインレッスンをZoomで提供していました。
そのとき、ある生徒がIELTSを受験することになったんですが、練習環境が十分ではなく、苦労している様子が目に入りました。
とはいえ、マンツーマンで全てをサポートするのは現実的ではなく、もっと効率的な方法が必要だと感じたんです。
―そのときにAIを使おうと思いついたのですね?
ジョシュクン氏:
そうです。この生徒のために、AIを使って学習をサポートする方法を考えたのが『Wernicke』の始まりでした。
最初は市場規模や収益性を考えたわけではなく、本当に目の前の生徒を助けたいという思いだけで取り組んでいました。
でも、結果的に同じような問題を抱えている人が多いことがわかり、プロダクトとして広がっていきました。
3. TOEFL・IELTS対策に特化した『Wernicke』の特徴
―TOEFLやIELTSに特化した理由を教えてください。
ジョシュクン氏:
TOEFLやIELTSは、海外の大学に進学したり、移住やビザ申請をする際に必要となる試験です。
これらの試験は、読む・聞く・話す・書くという4つのスキルを総合的に評価するため、実践的な英語力を測るには最適です。
たとえば、アメリカの大学ではTOEFLのスコアが必須条件になっていることが多いですし、イギリスやオーストラリアではIELTSが一般的です。
このようなグローバルな場面で求められる英語力を効率的に鍛えられるのが、『Wernicke』の強みです。
4. AI採点のメリット――公平性と効率性の向上
―AI採点の最大の利点は何だと思いますか?
ジョシュクン氏:
まず、AIは感情や体調によるばらつきがありません。
人間が採点する場合、その時の気分や疲れ具合でスコアが変わることがありますが、AIは常に一貫した基準で評価できます。
また、スピードも大きなメリットです。
たとえば、TOEFLのライティング採点に数日かかるのが一般的ですが、『Wernicke』なら数分で完了します。
このスピードのおかげで、学習者はより多くの練習をこなしやすくなりますし、学習全体の効率が飛躍的に向上します。
5. 日本とトルコに共通する教育課題――アウトプットの不足
―日本の英語教育について、どんな課題を感じていますか?
ジョシュクン氏:
日本の英語教育は、読む・聞くといったインプットに重点が置かれがちです。
その一方で、話す・書くというアウトプットの練習機会が少ないため、実際に使える英語力が身につきにくいのが現状です。
これは私の故郷トルコでも似た課題があります。
国内市場が大きいため、英語を使わずに生活できる環境が長く続いた影響で、英語を実践的に使う文化が育ちにくかったんです。
ただ、これからの時代、英語力は国内外での競争力を高める上で欠かせないスキルになると思います。
6. 英語を学ぶ本質的な価値とは
―最近は翻訳技術が進化しているため、英語を学ぶ価値が薄れているという意見も耳にしますが、どうお考えですか?
ジョシュクン氏:
確かに、AI翻訳や同時通訳の技術は驚くほど進化していて、今後も発展していくでしょう。
その結果、英語が話せなくても日常的なやり取りは十分こなせる時代が来ると思います。
ただ、それでも英語を学ぶ価値はなくならないと考えています。
言語というのは単なる情報のやり取りのツールではなく、その背後にある文化や考え方を理解する手段でもあります。
たとえば、英語を学ぶことで、アメリカやイギリス、さらには国際的に活躍する最前線の人々がどのように世界を見ているのか、どんな価値観を持っているのかを直接感じ取ることができます。
これらは翻訳を通してではなかなか得られないものです。
また、たとえば医学やテクノロジーの分野では、重要な論文や発表がほとんど英語で書かれています。
これを翻訳に頼ると、微妙なニュアンスや背景が失われることがあります。
英語を直接理解できることで、そうした情報を自分自身で解釈し、応用する力がつくのです。
それだけではありません。言語を共有することで生まれる信頼感や親近感も無視できません。
たとえば、同じ言語を話す人には自然と安心感を覚えたり、信頼を寄せたりすることがあります。
これはAI翻訳では補えない、人間関係の大切な部分だと思います。
7. 『Wernicke』が目指す未来
―AIが採点する未来にはどんな可能性があると考えていますか?
ジョシュクン氏:
まず、AI採点の普及によって教育の公平性が大きく向上すると考えています。
これまでは採点者の気分や体調、基準の解釈によってスコアにばらつきが出ることがありました。
でも、AIは常に一貫した基準で評価するため、学習者全員が平等な条件で評価を受けることができます。
たとえば、ダニエル・カーネマン氏の著書『ノイズ』でも、人間の判断におけるばらつき(ノイズ)がどれだけ不公平や非効率を生むかが指摘されています。
AIはそのノイズを最小限に抑え、より正確で一貫性のある判断を可能にします。
さらに、AIが採点を担うことで、教師は本来の教育活動にもっと時間を使えるようになります。
個別指導や学習計画の作成といった、人間ならではの役割に集中できるのです。
これは、教育現場全体の質を底上げする大きな一歩になると思います。
Wernickeのサービスページはこちら:https://nuginy.com/textgrader-wernicke/
8. 『TGF-Scholar』――志望動機書採点に特化したAIツール
―もう一つのサービス、『TGF-Scholar』についても教えてください。
ジョシュクン氏:
『TGF-Scholar』は、国内の大学入試で必要とされる英語の志望動機書を採点するためのツールです。
特に英語学位プログラムを提供する大学向けに開発されました。
この分野は非常にニッチではありますが、需要が確実にある分野です。
志望動機書は大学ごとに求められる内容が異なるため、従来は採点が非常に大変でした。
人間が一つ一つ添削するのは手間がかかる上、どうしてもばらつきが出てしまいます。
また、添削作業の負担が大きすぎて、途中で講座自体が中止されることもありました。
―『TGF-Scholar』はその問題をどう解決しているのですか?
ジョシュクン氏:
『TGF-Scholar』では、各大学の募集要項や採点基準をAIが学習し、これをもとに一貫性のある評価を提供しています。
このツールを導入することで、教育現場の負担を大幅に軽減できました。また、志望動機書を書く生徒にとっても、自分の文章が具体的にどこを改善すればよいかが明確になるので、効率的に準備を進められるようになります。
9. AIと人間が共存する未来へ
―AIが教育現場で果たす役割について、最後に一言お願いします。
ジョシュクン氏:
AIは、採点や分析のような繰り返し作業を効率化し、人間にしかできない部分を際立たせるツールだと思っています。
たとえば、教師はAIに採点を任せることで、学習者のモチベーションを引き出すことや、個々の課題にじっくり取り組む時間が確保できるようになります。
AIを活用することで、人間の手ではカバーしきれなかった部分を補いながら、教育の本質的な価値を高めていける。そんな未来を目指して、『Wernicke』や『TGF-Scholar』を開発してきました。
これからも、AIと人間がそれぞれの強みを活かしながら共存する社会を実現していきたいと思っています。