【取材】生成AI導入の“勝ち筋”とは?ーー東大発ベンチャー「Sapeet」に聞く

はじめに
ここ数年、注目を集めるAI技術。特に2023年以降は、ChatGPTをはじめとする生成AIが国内外で話題沸騰中です。
しかし、「注目度は高いのに、自社で導入しても成果につながらない」「結局、PoC(概念実証)止まり」という声も少なくありません。
そこで今回は、2016年からAIビジネスを展開し、東大発の“AI界隈の老舗”として多くの企業支援を行ってきた株式会社Sapeet(サピート)にお話を伺いました。
インタビューに応えてくださったのは、経営・事業開発を担当する尾形さん。
同社が提供する支援の特徴や、日本企業が抱える課題、そして成功事例を通じて見える「生成AI導入の勝ち筋」を探ります。

取締役 ソリューション事業管掌 尾形 友里恵氏
新卒にて日本IBMのコンサルタントとして新規事業構築や中期経営計画策定に携わる。その後人材系ベンチャーhajimariにてIT人材の個人/法人営業、採用領域を担った後、2018年Sapeetに参画。Sapeetでは、AIコンサルティング/受託開発の事業責任者として独自AIを元に大手企業の実証開発や新規事業構築/外販支援や、直近では経営向けの生成AI導入コンサルティング等、戦略から実行支援までを手掛ける。「ひとを科学する」AIと、非構造な情報であるベテラン知見を体系整理するノウハウを活かして、お客様の収益向上に直結するあたらしい当たり前を創り続けることが目標。
1. Sapeetとは?
——まずは御社の概要を教えてください。
尾形氏
Sapeetは2016年に創業し、AIを軸としたサービスを手掛けてきた会社です。まだ「生成AI」という言葉が世の中で広く知られる前から、従来型の機械学習やディープラーニングなどを使い、企業向けのAI実証や導入支援をしてきました。
弊社が掲げるキーワードは「人を科学するAI」。
単なる自動化やコスト削減ではなく、企業独自のコア業務をAIで強化・拡張して、売上成長や新規サービス開発につなげるところを重視しています。
画像出典:Sapeet、東京証券取引所グロース市場へ新規上場|PRTIMES
2. 「イケてる導入」と「ダメな導入」、何が違う
——日本企業では「生成AIを導入したいが、導入の壁が高い」「PoCで終わってしまう」という声をよく聞きます。Sapeetさんが見てきた中で、どのような原因があるのでしょう?
尾形氏
大きな原因のひとつは、「技術を使うこと自体が目的化してしまう」点です。
本来は「自社のサービスや強みをどう伸ばすか」「事業を成長させるために何がボトルネックか」をまず考えるべきなのに、新しい技術が出るとつい「とりあえず使ってみよう」という思考に偏りがちなんですよね。
その結果、「削減できました、効率化できました」で終わり、最も重要な「どう成果を出すか」というゴールを見失うケースがよくあります。
「削減=自分たちの仕事がなくなるのでは?」みたいな話に直結してしまうと、AIに対する社内の抵抗感が増してしまう要因にもなります。
——確かに、ゴール設定が曖昧なままではうまくいきませんね。Sapeetとしては、どうすればいいと考えていますか?
尾形氏
シンプルに「事業を成長させるため、今どこがボトルネックになっているか」を明確にする。
そして、そこを解消するうえでAIがレバレッジとして使えるなら初めて導入を検討する。
さらに、導入後は「AIと人間で新しい業務フローをどう再構築するか」を丁寧に設計し、最後までやりきる。この流れを地道に積み上げるのが成功の秘訣だと思います。
——うまく成果を出している企業は、どういうアプローチをしているのでしょう?
尾形氏:
ひと言でいえば、「ゴールから逆算してAIを導入し、最後まで現場が使える形に落とし込む」ことに尽きます。たとえば、経営層が「売上を伸ばしたい」なら、どんな業務で売上が決まるのかを洗い出す。現場の接客がボトルネックなら、具体的にどの部分をAIで強化するかを検討する。
さらに、「あるべき論」を現場が本当に実行できるように業務設計を見直し、導入担当者や管理職が主導して仕組みに落とし込むわけです。
ありがちなのは、「技術的には可能なので、あとは現場のみなさん使ってください」というパターン。その結果、操作が複雑でめんどうだったり、誰も手間を見られなかったりして立ち消えになってしまう。使ってナンボだという大前提を意識して、実践に耐えうるワークフローを組み上げる企業ほど成果が出ています。
成功企業に共通するカルチャー
——逆に、生成AI活用で成果を出している企業にはどんな共通点がありますか?
尾形氏
大きく分けると、
- 経営層のコミットが強いこと
- “成果から逆算する”思考が根付いていること
- 業務変革への抵抗感が少ないこと
この3つは必ずといっていいほど共通しています。
とくに重要なのは経営層のコミット。
社員一人ひとりが「このままじゃまずい」と感じるほど切迫した状況は、普通つくれないですよね。
むしろ、現場が安心して働ける環境を整えるのが通常の企業です。
だからこそ経営者やトップマネジメントが「このままだと市場競争に取り残される」「まだ儲かっていても、新しい競合が出てきたら厳しい」といった危機感を持って、人とお金をちゃんと投下するのが大事です。
例えば「この技術ならもっと売上を伸ばせる」という提案が出ても、トップダウンで運用環境を整備しなかったり、現場が自分ごと化できないと現場定着しない。
逆に成功企業は、根気よく業務設計に落とし込み、AIを自然に使える仕組みをつくる。そこが大きな違いですね。
具体的には、どう“根気よく仕組み化”しているんでしょうか?
尾形氏:
チャットGPTなどの生成AIは、一度プロンプトを入力すれば終わり、ではなく何度もやり取りして最適解を導く必要があるじゃないですか。
全社的にこれを導入しようと思うと、都度プロンプトを考えるのも手間だし、業務ごとのナレッジも必要です。
だからこそ、導入担当の中枢メンバーが「AIと対話する際の論点や流れをあらかじめ定義し、ツールに組み込む」など、現場に負荷をかけない工夫をがっちりやっている企業が多いですね。
最初は手間でも“人とAIで仕事を再構築する”ところまでやりきると、現場も「こんなに楽になるなら、もっと使いたい」と思えて、どんどん新しいアイデアが出てくる好循環が生まれます。
4. リテラシーが高くない企業はどこから着手する?
——ITリテラシーがそこまで高くない現場では反発や不安もありそうです。そういったケースでは、どこからスタートすればいいでしょうか?
尾形氏
経営視点で言うと、「削減できました」で終わらせるのではなく、「その分、何をプラスアルファでやって売上や利益につなげるのか」というゴール設定が必要です。
これを曖昧にしてしまうと、AIに取って代わられるのでは?という感情ブロックを生む原因になります。
具体的には、「いま組織が一番困っていること」かつ「そこが収益のボトルネックになっている部分」にAIを活用するのが効果的です。
さらに、AI活用のフローを中枢メンバーがある程度整えてから現場に落とすのもポイントですね。現場側は「指示に沿ってやれば成果が出る」状態にしておくとスムーズです。
日本では、AIに対して「人の仕事が奪われるのでは?」という声も根強いです。御社の取り組みは、どちらかというと“社員をエンパワーする”方向ですよね。これは戦略的に意識されているのでしょうか?
尾形氏:
そうですね。私たちは「人を科学するAI」というミッションを掲げていて、技術ありきではなく、あくまで事業ゴールや社員の成長にどう貢献するかを徹底的に考えています。
もちろん業務効率化やコスト削減という効果も大事ですが、それだけに終始してしまうと、経営サイドからみたときに、「生成AIへの投資に見合った事業成果を得られているのか」と疑問が残ってしまうでしょう。
現実には、人手不足や労働力減少の問題は深刻なので、AIで業務負荷を減らしつつ、社員が“より付加価値の高いところ”に注力できるようにする。
結果として、「会社の売上・利益が伸びる」「社員もモチベーションが高まる」状態を目指すほうが、長期的にも企業の競争力を上げる近道だと考えています。
5. Sapeetが支援する“成功導入”事例
——具体的にはどういった導入支援をされているのでしょう?
5-1. 営業支援AI「営業×コミュニケーション解析」
尾形氏
たとえば「営業×AI」の領域がわかりやすい事例ですね。
従来だと、「売れる/売れない」を個人のセンスや経験値に頼りがちでした。
しかし、オンライン商談が増えて、短時間で効率よく最適な提案をする必要が高まり、各企業さんの中でも“勝ちパターン”をちゃんと言語化・可視化したいというニーズが高まっています。
Sapeetでは、営業担当者の商談動画などを解析し、「ハイパフォーマー(成績上位者)はどんな流れで商談を進め、どこでお客様の不安を払拭しているのか」といったポイントを抽出します。
そこからAIを使ったロープレ(ロールプレイ)の仕組みを整え、若手や新人が疑似体験できるようにすることで、営業全体のレベルを底上げする。実際に、特定商材が前年比160%の売上を記録した事例もあります。
Sapeet、営業・接客教育への生成AI実装を加速するため、ハピネス・アンド・ディと業務提携~AIでベテラン販売員の接客スキルを伝承。提携に先駆けた実証で対象商材売上の前期比160%を達成~|PRTIMES
施策の1つとしてご活用いただいたAIロープレの紹介ページ
5-2. AIカウンセラー&AIコーディネート
尾形氏
他には、自治体と連携して「夜間のチャット相談」をAIが担うケースなどもあります。
夜遅い時間帯は人手を割けませんが、AIが一時受付をして、緊急時は翌日に人につなぐ仕組みにすることで、相談数が増えても対応品質を下げずに済む。
また、小売接客でスマートミラーを使い、「あなたの顔色や体の特徴に合うアイテムは〇〇」とAIが提案するような取り組みも進んでいます。
すべてをAIに丸投げするのではなく、「人間が得意な繊細な対応」と「AIの瞬発的なレコメンド」を組み合わせることで、新しい購買体験を作る事例も増えています。
6. 今後の展望
——今後、Sapeetとしてはどんなビジョンを描かれていますか?
尾形氏
私たちが掲げる「人を科学するAI」は、企業ごとに全く違う業務課題やコア領域を解析し、そこにAIを実装していくことを目指しています。
今後はさらに数や規模を広げながら、さまざまな業界で“人×AI”のコラボレーション事例を増やしていきたいですね。
また、弊社自身が成長する過程で、「数名→100名規模」と組織が大きくなる中で、業務の標準化やシステム化を繰り返してきました。
この実体験は、他の企業さんを支援するうえでも大きな強みだと考えています。国内の労働人口が減り、人材確保が難しくなる時代において、AIと人とが一緒に働く仕組みを作る。その成功パターンを増やしていくことが、Sapeetの社会的ミッションだと思っています。
7. 読者企業で「AI導入を考えているが、まだ明確なゴール設定ができない」という場合もあるかと思います。どのようにアプローチすればよいでしょうか?
尾形氏:
まずは「自社が本当に解決したい課題は何か」「その課題を解決すれば何が変わるのか」というゴールの確認が大切です。
そこを一緒に議論させていただいて、「いや、まだ紙のデジタル化が先かもしれませんね」となるなら、それはそれで正しい判断だと思うんです(笑)。本当に必要なところから取り組むのが、一番成果につながりやすいですから。
逆に「実はここがボトルネックだ」と明確になっていれば、そこに“最適なAIソリューション”をどう組み込むか、弊社としてもさまざまな引き出しを使って伴走します。あるべき論を語るだけではなく、最後まで“使われる”形に仕上げるのが私たちの使命ですので、気軽にご相談いただけると嬉しいですね。
おわりに
生成AIや機械学習など、注目が集まるテクノロジーを「事業強化や新規ビジネス創出」に確実につなげるにはどうすればいいのか。
Sapeetが強調するのは、企業の本業を深く理解したうえでのゴール設定と、トップのコミット、そして「AI+人間」で業務フローを再構築する地道なプロセスでした。
「PoCで満足して終わり」ではなく、自社にとって本当に必要な領域から少しずつスモールスタートし、クイックウィン(短期的な成功体験)を積み上げるのが重要です。
生成AIを導入して“イケてる活用”を実現したいと考えるなら、Sapeetのような“地に足のついた伴走支援”を得ることが、勝ち筋を押さえる近道ではないでしょうか。